熊野の古式捕鯨では「六鯨」つまり6 種のクジラが 対象となっていたが、そのうちナガスクジラ属の 2 種の 捕獲は稀であった。江戸期の熊野灘にあった三つの鯨 組が、残りの 4 種のクジラをそれぞれ異なる方法で捕獲 する様子が、異時同図法によって、まとめて六曲一隻の 屏風の中に収められている。
極 彩 色 の 吉 祥 の デ ザインをまとった 鯨 船 の 一 団 は 夜 明けとともに漕ぎ出し、沖でクジラの到来を待つ。「橋 杭 岩 」( 串 本 町 ) が 描 か れ た 右 端 の 第 1 扇 で は 、 紀 伊 大 島の樫野崎沖で古座組がセミクジラに網を掛ける。左 端の第 6 扇の上部に描かれた熊野川(新宮市)の河口 で 三 輪 崎 組 が コククジ ラ に 無 数 の 銛 を 突 き 立 てる。 中 央の第 3 扇では、水平線に近い沖合にマッコウクジラ が 潮を吹く。死して沈まないマッコウクジラには少 数の 船で対応したといい、その描写は正確である。水平 線 から朝日が昇る第 4 扇では、燈明崎から狼煙が上がり、山 見 旦 那 が 采 を 振 って 漁 を 指 揮 す る 。 画 面 中 央 に 描 か れているのが、太地鯨組の名を津々浦々に知らしめたザ トウクジラの網掛け突き取り捕鯨である。それを取り囲 むように描かれた熊野の海岸風景は大胆にデフォルメさ れてい るが、 ぜ ひ 実 際 に 燈 明 崎 の 山 見 跡 に 立って 海 を 眺 め て い た だ き た い 。 早 く も 昭 和 1 1 年( 1 9 3 6 )に 国 立 公 園に指定されたため、熊野の自然景観は比較的昔の姿 をとどめている。
太 地 湾 の 向 こう に 見 え る 勝 浦 の 港 辺 り に は 温 泉 ホ テルが立ち並び、マグロ延縄漁船がひっきりなしに出入りするが、その背後の那智の山々が険しく、奥深く広がる。そ の 濃 い 緑 が そ の ま ま 落 ち 込 んで い く 海 岸 に 沿 って 視線をゆっくり移し、遠く三木崎(三重県尾鷲市)まで見通せば、眼前に広がる熊野灘のパノラマは、屏風が表現するクジラの海の風景そのものである。
櫻井敬人(さくらいはやと):太地町歴史資料室学芸員 ニューベッドフォード捕鯨博物館顧問学芸員
HAYATO SAKURAI : Curator, Taiji Historical Archives / Advisory Curator, New Bedford Whaling Museum
極 彩 色 の 吉 祥 の デ ザインをまとった 鯨 船 の 一 団 は 夜 明けとともに漕ぎ出し、沖でクジラの到来を待つ。「橋 杭 岩 」( 串 本 町 ) が 描 か れ た 右 端 の 第 1 扇 で は 、 紀 伊 大 島の樫野崎沖で古座組がセミクジラに網を掛ける。左 端の第 6 扇の上部に描かれた熊野川(新宮市)の河口 で 三 輪 崎 組 が コククジ ラ に 無 数 の 銛 を 突 き 立 てる。 中 央の第 3 扇では、水平線に近い沖合にマッコウクジラ が 潮を吹く。死して沈まないマッコウクジラには少 数の 船で対応したといい、その描写は正確である。水平 線 から朝日が昇る第 4 扇では、燈明崎から狼煙が上がり、山 見 旦 那 が 采 を 振 って 漁 を 指 揮 す る 。 画 面 中 央 に 描 か れているのが、太地鯨組の名を津々浦々に知らしめたザ トウクジラの網掛け突き取り捕鯨である。それを取り囲 むように描かれた熊野の海岸風景は大胆にデフォルメさ れてい るが、 ぜ ひ 実 際 に 燈 明 崎 の 山 見 跡 に 立って 海 を 眺 め て い た だ き た い 。 早 く も 昭 和 1 1 年( 1 9 3 6 )に 国 立 公 園に指定されたため、熊野の自然景観は比較的昔の姿 をとどめている。
太 地 湾 の 向 こう に 見 え る 勝 浦 の 港 辺 り に は 温 泉 ホ テルが立ち並び、マグロ延縄漁船がひっきりなしに出入りするが、その背後の那智の山々が険しく、奥深く広がる。そ の 濃 い 緑 が そ の ま ま 落 ち 込 んで い く 海 岸 に 沿 って 視線をゆっくり移し、遠く三木崎(三重県尾鷲市)まで見通せば、眼前に広がる熊野灘のパノラマは、屏風が表現するクジラの海の風景そのものである。
櫻井敬人(さくらいはやと):太地町歴史資料室学芸員 ニューベッドフォード捕鯨博物館顧問学芸員
HAYATO SAKURAI : Curator, Taiji Historical Archives / Advisory Curator, New Bedford Whaling Museum
紀州太地浦鯨大漁之図 くじらの博物館所蔵 太地鯨組がザトウクジラに網を掛け、銛を打ち込んでいる図。 クジラにまたがっているのは刺水夫(さしがこ)で、 クジラの鼻あるいは背中に包丁で切り目を入れて綱を通す、「鼻切り」歩いは「手形切り」と呼ばれる作業している。
雪花石膏株式会社